飯田リニア通信 No.6                      2013.9

高速神話におどるリニア新幹線

橋山禮治郎(千葉商科大学大学院客員教授、アラバマ大学名誉教授)

 リニア計画は、着工に向かって加速されている。この程、JR東海は予期した通りの身勝手な環境影響評価準備書を公表したが、国交大臣の着工認可があり次第、早々に本格的な工事を沿線各地で始めようとしている。8月29日には、山梨実験線に投入された新車両の走行実験が再開されに全国に報道されたので、かなりの国民もリニア計画の存在を知っただろうが、依然として「時速500キロの高速神話」だけが喧伝され。計画の内容や諸々の問題点は全く理解されていない。

 いかなるプロジェクトでも、賛成、反対があるのは当然だが、その決定プロセスにおいても、計画側の進め方においても、これ程常軌を逸し強引かつ独善的な計画はない。客観的に見ても、これ程愚かで馬鹿げた計画、不要で失敗確実な計画はないと言わざるを得ない。、限られた紙面だが、これまでの経緯を踏まえながら、(1)計画自体に内在する問題点、(2)政策的視点からの問題点、(3)計画の望ましい終着駅について私見を述べてみたい。

(1) 計画自体に内在する問題点

 ・目的が曖昧ですべて的はずれである。当初は限界に近い東海道新幹線輸送力の増強、東海道新幹線の経年化対策、リニアによる移動時間の短縮だったが、その後、東海道新幹線施設買取りに対する返済財源の確保、最近では輸送力の二重系化、わが国産業の再活性化と的外れな思い付きを日替わりメニューのように恥じらいもなく公言している。多目的は無目的と同義である。

 実は、本当の目的を国民、JR他会社、国に言えないからである。これまでの整備新幹線は、国と地方の財源負担で作られた施設を、JRに賃貸し、JRは30年間賃貸料を国に払う制度であるが、JR東海は自社だけは当初から鉄道資産を自分で作り、資産も営業権も独占したいという考えから、全額自社負担の計画を打ち出したのが真意であろう。裏返して言えば、国に対する不信感とJR他社に対する身勝手な行動とも取られかねない本心が隠されている。

 ・当初から、東京・名古屋・大阪間だけを直結し、移動時間を短縮したい利用者(どれだけいるかも分からずに)だけを考えた異端交通機関で、これ程沿線住民を無視した鉄道はない(中間駅の場所、アクセス、駅施設は希望するなら地元で作れ!)。やむなく一県一駅は飲んだが、鉄道サービスの基本を放棄した独善的姿勢には驚くしかない。会社の発言に、「お客様」は一度もないが、「安定株主配当」は常に出る。敢えて言えば、「乗りたければ乗せてやる」、人を運ぶのではなく、貨物列車の感覚である。

 ・実際の需要は多くは見込めず、建設コストは高過ぎる。名古屋開業時から大幅赤字は必至。確実な大幅な人口減少でも、東京・大阪間の輸送量は現在の1.5倍を予想。しかし、根拠は全くない。しかも、リニア座席利用者は80%を想定している。ここにも虚構が隠されている。実は、現在の東海道新幹線乗客の58%の方が自ら好んでリニアに乗り換えてくれることを前提にしている。すべて「・・のはずだ」で収支予想を作っている。その分だけ東海道新幹線はガラガラになる。しかし、その影響はどこにも出て来ない。高い収益率の工場を減産して赤字工場へ生産を移す企業がどこにあるだろうか。JR東海は二重系化のメリットを強調するが、「言語明瞭、意味不明」である。

 ・「鉄道は経験工学である」。これが真の鉄道人の合言葉、信念である。この200年鉄道は地道な技術改良で進歩してきた。一度も非連続的な技術革新もなく、安定性、信頼性、高速性、ネットワーク性等を高めてきた。従来速度の限界と言われた時速250キロはすでに克服し、欧州、日本、中国でも300キロ台時代に大っており、20年以内に時速400キロ台も確実に実現するだろう。従ってリニアの高速優位性は殆どなくなり、世界でたった一つのリニアの夢も実用的価値も消滅する。そう考えると、最初にして最後のリニアを作る意味はない。

 ・原発の安全神話と同様に、リニアに対する高速神話に国民も政治家も知事も惑わされてきた。現行の中央新幹線計画が成功する可能性はきわめて低いが、その元凶はすべてリニア技術に対する固執にあると言って過言ではない。

 現に、経験工学で改良に改良を重ねてきた新幹線は、安全性、信頼性、利便性、快適性ネットワーク性、速達性、定時性、省エネ性で世界のトップレベルにある。国民が望んでいるのは世界一のスピードではない。世界の航空機メーカーの競争力も速度ではなく、安全性と経済性である。自社自らが多くの国民に高い満足感を提供している新幹線を「同じでは能がない」と言ってリニアに固執するのは、能ある投資判断とは思えない。

 次の点だけははっきりしている。移動時間短縮のために、リニア技術を採択することを計画の出発点と確定した場合、それに随伴して必然的に準備、確保が余儀なくされる事項設備、資材、空間、工法、エネルギー、資金、時間等があまりにも多いことには驚くばかりである。具体的に列挙してみよう。直線経路、連続地下空間、トンネル、大電力、超電動磁石、電磁波防御装置、多数の周波数変電所、無数の避難用立て坑、大量の残土処理・救急避難対策、完璧な遠隔操作システム、自然破壊リスク、難易度の高い破砕帯掘削工事長期の工事期間、巨額の建設資金などである。もし、リニア方式に固執せずに在来新幹線方式を採択するならば、これらの費用、時間、リスクは大幅に低減され、利用者にとってはより高い満足度が実現され、事業当事者にとっても投資回収が大幅に改善されるのは確実であろう。

(2)政策的視点からの問題点

 政府も国会議員も三つの大きな過ちを犯そうとしている。第一に、リニア計画は完全に全国新幹線整備法(全幹法)に抵触するにも拘らず、軽々に認めたことである。全幹法はその目的として全国に鉄道網を整備し、主要都市間を効率的に連結し、地域振興に資するの三つを明確に定めているが、リニアはそのすべてに違反している。誰もその点を指摘する政治家がいない愚かさに言葉が出ない。

 第二に、車輪もレールもなく、他の新幹線へ乗り入れもできないリニアを新幹線として認めたことである。狭軌か広軌かの軌道幅の決定は、明治以来国の大問題とされてきた。東海道新幹線の建設で、悲願の広軌が導入されたが、この経験も知見も無視して「新幹線より速いからいいじゃないか」と子供程度の判断で、全国鉄道ネットワークを断絶させるリニアを日本のど真ん中に認めたのである。これこそ国家百年の愚策である。以上に物が運べないリニアには代替輸送機能はない。

 第三は、こうした国家的重要政策が閣議決定も国会承認もなく、担当大臣の一存で決められたことである。

(3) 計画の望ましい終着駅

 地震は来ても奇跡は起こらない。失敗必至の事業をそれでも進めて破綻するほど愚かなことはない。然らば、現時点でJR東海と国は何をなすべきか。暴論を覚悟で敢えて一研究者の個人的考えを述べれば次のようになる。

 優先度1  
JR東海は早急な着工を一時凍結し、直ちに徹底したコスト削減に取り組む。
 優先度2  
高コストと不確実性が大幅に低減されない場合は、リニア方式による中央新幹線計画を断念する。
 優先度3  
それでも中央新幹線の実現を望む場合には、自社の誇る最新型新幹線(N700A型)方式へ計画を変更するとともに、ルート、中間駅についても利用者優先の視点で再検討し、政府と国会の承認を得る。
 優先度4  
政府と国会はJR東海の投資計画の変更内容を確認した上で、同社の投資計画の失敗を回避させる視点から必要な事業方策を検討し、同社に投資計画適性化を促す支援策を講ずる。その支援策の中には北陸新幹線との協調、中央新幹線建設計画におけるJR他社との協力関係、東南海大地震発生時の代替輸送機能を確保するために新幹線保有のJR各社に一定の貨物用新幹線車両の保有を義務づけること等も含まれる。


リニア中央新幹線は実験線だけで沢山

片桐晴夫(飯田市高羽町)

 八月二十九日、山梨県に設けられた「リニア中央新幹線実験線」で運転が再開され、儀式が行なわれた。乗車した新聞記者の方々は、それぞれ感想を記しておられた。2014年着工、2045年開通予定と云うが、赤石山脈、伊那山脈、恵那山系をトンネルで貫き大自然を大きく破壊するこの新幹線、実際に工事が始まれば様々な問題が起きてくる。

 「夢の超特急」と呼ばれるこの新幹線は、実験線42.8キロだけにして、観光の一手段にしておく方が賢明と思われるが、如何なものだろうか。

 「八割はトンネルで、それ以外の部分も多くはコンクリート製の「防音防災フード」で覆われている。小さな車窓から見えるのは、地下鉄のような暗がりがほとんど。旅情とは程遠い近未来の移動手段だと感じた」(信濃毎日新聞 鈴木宏尚記者)との感想を読み、いろいろと考えさせられた。

 「リニア」は、味のある旅の手段としての機能は、残念ながら無いと云ってもよいだろう。「速い」という機能のみの乗り物と云えよう。「速くて昧のある列車」などと云うものは存在しないのだ。「速ければ味は薄いし、遅ければ味は濃い」のだ。私たちは何れを撰ぶのか。それは、人により異なるだろう。私は思う。「JR飯田線ほど味のある鉄道はない」と。

 「文明の利器」という物は、全て多かれ少なかれ「リニア」と同様の性格を持っているだろう。「スピード」と「味わい」とは、両立しないのだ。何れを採るかは人により異なると思う。人類は今や、「存続か滅亡か」という所まで来ているのではないだろうか。物質文明の追求は果てしがない。もう一度「人間の幸せ」という問題を根本から考え、「父母未生以前本来面目」(禅語)に立ち返らなければならないのではないだろうか。

 「リニア中央新幹線問題」は「原子力発電所問題」と同様、二十一世紀を生きる日本人の二大重要問題であり、真の人間の幸せを考える上での絶好のテーマであると思う。皮相的な観方ではなくて、その根本的な所をしっかりと見据える必要があるのだ。

 思うに、人間も大自然の一部であり、これを破壊する行為は、絶対に避けなければならない。自然あっての人間であり、その逆ではないのだ。「人間は万物の霊長である」という思い上がった考えは、これからの世界には通用しないということをしっかりと胸に置いておく必要がある。

 42.8キロの「リニア中央新幹線実験線」は、交通機関の一つの記念物として、山梨県にそのまま置いておき、乗車希望者に提供すればよいと思う。これまでの研究は、それで十分に報いられると思うのだが、皆様は如何にお考えになるのだろうか。

連絡先:飯田市高羽町3-4-9  電話 0265-24-5604

「飯田リニアを考える会」代表 片桐晴夫


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