飯田リニア通信 更新:2023/05/05
「問われるシールドマシン工法と事業者の対応」~ 樫田秀樹氏を講師に学習会
2020年10月に、東京調布市内で外環道のシールド工法(直径16m)によるトンネル工事が原因で住宅地で陥没事故がおきました。リニア新幹線も東京と愛知ではシールド工法の掘削が最初からつまづている状況です。上郷黒田地区などの住宅地の地下を掘る風越山トンネルもシールド工法で掘削する予定です。地質は東京とはちがいますがまだ固まっていない地質という点では共通します。飯田市上郷地区の住民を中心に組織された「リニアから自然と生活環境を守る沿線住民の会」(以下「住民の会」)は、3月11日、長期の取材を通じてリニア計画に詳しいジャーナリストの樫田秀樹さんに陥没事故とその後の様子、シールドトンネル工事の事故などについて話を聞きました。
以下、樫田さんのお話の要旨です:
住民の心配が現実に
リニアのトンネルが計画される東京大田区田園調布の住民が2019年1月に大深度法適用の認可取り消しを求める審査請求書(旧・異議申し立て)を提出した。これに対して国交省は、2020年6月、「住民の抱くのは抽象的な危機感に過ぎない」とした。住民は9月に「工事を強行すれば、シールドマシンによる陥没や地盤沈下が住宅街で起きる。」と反論。東京外環道のトンネル工事で調布市の住宅街で陥没事故が起きたのは翌月の18日だった。住民の心配は現実のものとなった。
事前の調査不足を特殊な地質だったと言い訳する事業者
事故の原因について事業者である東日本高速が設置した有識者会議は「極めて特殊な地盤での施工ミスが原因」でシールド工法自体には問題はないと結論したが、実は、国交省の指針では100~200m間隔でボーリング調査を行うことになっていたのに、陥没地点付近では事前にボーリング調査を行っていなかった。つまり特殊な地盤であるかも確認できていなかった。住宅地では詳細なボーリング調査はできないからだ。
外環道工事も工事差し止めの訴えが2020年5月に提訴されており、2022年2月東京地裁は外環道の一部工事の差し止めを命じた。
事故の無い前提の工事で、突然の立ち退きに
陥没後、東日本高速は2年間の工事休止を公表し、陥没場所付近の幅16m、長さ220mの杭域について住民を立ち退かせて地盤を改良する方針を示した。地上に影響がでないことが前提で、事前に住民に工事の承諾も得ず、補償もしない工事で、立ち退きという事態がおきた。地盤のゆるみは事業者が示した範囲より広い範囲に及ぶが、指定区域以外についての補償をする方針は示されていない。
JR東海も事故の可能性を事実上認め、事前の家屋調査を
JR東海は、リニアの都市部のシールド区間(直径14m)の工事について、外環道の事故を受け、関係地域の住民に説明会を開き、工事中に振動や騒音はあると認めたが、リニアの工区に特殊な地盤はないと工事の安全性を強調し、住民の理解は得られたと、品川駅近くの北品川立坑(非常口)で2021年10月からシールドマシンによる「調査掘進」を始めた。また、トンネル上部の建物について工事後の被害を確認するための工事前の家屋調査を始めた。
シールド工事による事故は断続的に続いている
シールド工法による事故は外環道以外でも起きている。2020年には東急と相鉄の連絡線工事の新横浜トンネル工事で、6月12日と30日の2回、トンネル上部の道路が陥没。また、地上に被害がないもののシールド工事が上手くいかない事故が起きている。リニア新幹線では、北品川立坑から始まった掘削は予定の半年で300mという目標に対して2022年3月までに50m進んだだけで掘削が停止。愛知県春日井市では、シールドマシンが立坑から40センチ掘削したところで故障。圏央道・横浜環状南線では2021年6月に始まった掘削が1カ月で停止。外環道・大泉ジャンクションの工事ではシールド機のカッターが破損。北海道新幹線の札幌市内のシールド工事区間の地上に土砂が流出。広島市の広島高速5号線の二葉山トンネルは2017年9月から掘削がはじまったが、シールドマシンの不調などで、工事の中止が度重なり、道路の工期が遅れている。これらの事故をみると、シールドマシンの技術がまだ未熟なものなのか、管理体制が劣化しているのか、各地の住民は住宅地のちかで13~16mというような大きな直径のトンネルをシールドマシンで掘削するのは無理なのではという声もある。(この点について、トンネルの設計の経験のある参加者から、2m程度の直径のシールドトンネル工事は実績があるが、大きな直径、例えば14mであれば、直径が約2倍で、面積は約50倍になる。トンネルの切羽全体にかかる土の力も約50倍になる。この圧力に抵抗できるような機械が必要となるが、大口径で地下深い部分のシールド工法はまだ完全に確立した技術ではないとの指摘がありました。)
土地の資産価値は
シールドトンネル工事では、陥没とか地場沈下といった被害の他に、土地の資産価値が下がる。東京都世田谷区東玉川地区の地下をリニアが通る。120坪で2億円超の土地が2000万以上下落した例、相場より1000万円以上安くなった例、などある。
住民の懸念に応えなかった事業者、事故後も続く被害にも無責任は続く
地下トンネルの被害は、まず振動や騒音などがあって、陥没や地盤地下がある。住民の訴えがあったにも関わらず工事を中断しなかった事業者。大きな事故後も路面や家屋の亀裂や地盤沈下の進行は続き住民は精神的な被害を被るのに事業者は被害者へのケアをしない。
住民が黙っているかぎり被害は終わらない
10年以上にわたる各地の取材経験から分かったことは、リニアの工事では被害の可能性が知られていないこと、知らされてもそれを防ぐために声を上げる人がまだ少ないということ。しかし、それでも、リニアの事業認可取り消しを求める訴訟、山梨県南アルプス市の住民による工事差し止め訴訟、静岡県でリニア工事差し止め訴訟、田園調布の住民などによる工事差し止め訴訟が起こされている。無能な行政に対して、住民がおとなしくしている限りは無謀な事業による被害は終わらない。
[ 用語解説:大深度法とは ] 3大都市圏の一定の地域では、公共性のある事業については国交大臣の認可を受けて、地下40m以下の部分については、地上の地権者に対して、事前の工事の承諾や、補償をすることなく、トンネルを掘ったり工作物を設けることができるという法律。2000年に成立。国会の答弁で地上の地権者の所有権がなくなることはないと政府は確認している。東京外環道、リニア新幹線は東京・神奈川・愛知で大深度法の適用を受けている。この法律が成り立つにはトンネル工事が地上に影響を与えないことが前提。しかし、実際には陥没事故、地盤の沈下など起きており、国民の財産権を侵害するので大深度法は憲法違反との指摘も。長野県内は適用できない。従って、風越山トンネルも、工事の前に所有者の許可を取り、適切な補償をするべきです。
(図は国交省)国交省はホームページで「大深度地下の定義は、次の[1]または[2]のうちいずれか深い方の深さの地下です。 [1] 地下室の建設のための利用が通常行われない深さ(地下40m以深) [2] 建築物の基礎の設置のための利用が通常行われない深さ(支持地盤上面から10m以深)」、と説明しています。「※ここでの支持地盤とは、高層建築物の基礎杭も耐えられる地盤(基礎杭が2,500kN/㎡以上の許容支持力を有する地盤)」としています。